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W氏の頑張り

W氏は、わたしの部下として、システム室で働いているのだが、彼を名指しで、商社が指名してきた。

「業務改革のリーダー」になってほしいという。

W氏は、元々、その商社の社長の下で働いていたことがあったし、根っからのシステム屋ではなく、物流や工場業務の実務経験が豊富で、また、経理にも明るかった。

R/3導入時は、その商社の導入担当としても活躍していたし、適任だと思った。


だが、これから、仕事の大部分を、商社の業務改革に費やすことを覚悟しなければならない。


通常業務の部下が一定期間、ひとり減るということだ。

幸い、通常業務は現在の部員でまかなえるほど落ち着いていた(注:本当は、くだんの商社と同じように業務課題が顕在化していないだけなのだろうが)ので、わたしは、W氏をなかば商社の常駐のような形で送り出すことにした。


W氏自身もよく頑張ってくれた。


2005年9月に業務改革プロジェクトがキックオフした。


まずは、現状調査と分析である。


W氏は、彼独特の手法で、精力的に商社の各部署を回って、調査を進めた。


以前、システム部門の全員で、提案型のシステム部門に生まれ変わるトレーニング講座を受講したことがあった。


トレーニング講座は、総論と各論があり、総論は全員受講した。

各論編は、希望者を募って受講することになっていた。


いわゆる、システムエンジニアとして、実務に携わっている人間は、当然、受講を希望した。


「歌って踊れるシステムエンジニア」を自認する、わたしも、もちろん応募したし、W氏も応募した。

ところが、その当時、担当した講師は、わたしとW氏に対して信じられないことを言った。


この講座を企画した、システム室長に対して、こう、進言したのだ。


「T氏(つまりわたし)とW氏は、この講座の意味を理解していません。彼らが参加することで、他の部員の方に悪影響が出ます。この2人を講座出席させないようにお願いします。」


我々は、室長からこの話を聞いて、室長に猛然と抗議した。


結果、参加は認められたが、内心、はらわたが煮えくり返っていた。

2003年のお盆休みも、このために2人は暗い気持ちで過ごす羽目になった。


まるで、2002年の日韓ワールドカップに選出されなかった、中沢と中村俊輔のようなものだった。

しかしながら、すったもんだの挙句、講座への参加を許された。

面白くは無かったが、講座を毎週受講し、3つのグループに分かれて課題を協議することになった。

そこで各グループがだした課題は3つ。

1.システム部門に対するヘルプデスクシステムの構築

2.仲継地の分析票管理

3.工場システムとのI/F改善


実は、これらに実際に手をつけ、実際の業務で実現したのは、2002年の日韓ワールドカップに選出されなかった、中沢と中村俊輔・・・・・つまり、わたしとW氏だけだった。