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鉄道唱歌殺人事件(2)

「ここ新橋駅には、大和田建樹さんが作詞した『鉄道唱歌の碑』があります。鉄道唱歌は、明治33年(1900年)に発表されました。明治時代当時の鉄道の駅、名所を歌った、実に334番もある長い唱歌なんです。日本全国の駅を歌っているんですが、東海道線は、第1集として、東京の新橋から神戸までの66番あるんです。今日は、東海道線の鉄道唱歌に歌われている駅を名物の駅弁と共に旅してみることにします。ここ、新橋から汽笛一声、さあ、行ってみましょう!わたし大石恵理香と一緒に旅をして頂くのは、この方たちです」

まぶしい日差しが照りつける駅前の路上で、街頭の好奇の視線にさらされながら、やっとのことで暗記した前説を振る。

「オワンバンコ」
さっきまでうなだれていた林葉は、急に両の掌で大きな顔を持ち上げながら、カメラのレンズの前に顔を擦り付けた。
「グルメ界のスマイル王子、林葉源でーす」
鉄道オタクは、メガネを押さえて、芝居がかった低い声を発する。
「”乗り鉄”の権化、守屋行雄と申します」

東海道線の4人がけボックス席の窓際の進行方向側に鉄道オタク、反対向きにグルメ評論家が席を取り、大石は、グルメ評論家と並び、カメラが鉄道オタクの横に陣取った。

恵理香は、席に着くと型どおりの挨拶を交わそうとした。
「はじめまして、大石と申します。よろしくお願いします」
布でメガネを拭いていた守屋は、何も言わず、ペコリと会釈した。
「鉄道唱歌と駅弁なんて安直な企画だなあ。第一、鉄道唱歌ではほとんど食べ物のことが歌われてないんですよねえ」守屋は、古い鉄道唱歌のガイドブックをめくる。
「ほら、ここ。東海道線で始めて食べ物のことが出てくるのは、六十六番中三八番の
『草津にひさぐ姥ヶ餅』これだもんなあ」

カメラが回っていないと、不機嫌な顔つきで、グルメ雑誌を眺めている林葉は、
「全然わかってないんだな。東海道線で駅弁と言えば、やっぱ、小田原の『デラックスこゆるぎ』でしょう。外しちゃいけないよねえ。駅弁百選に選ばれたんだから」

「あ、でもそれは当然っすよ。だって、鉄道唱歌の時代、小田原は本線じゃないから。国府津から山北通って行くのが、本線。つまり、今の御殿場線が当時の東海道線なの」

初顔合わせの挨拶もそこそこに、二人のオタクのこだわりが炸裂する。
先が思いやられた。

9時過ぎの東海道線の下り電車は、新橋駅を出発した。

「よし、それじゃ」三雲ディレクターが、A4用紙の貧弱な台本をサングラス越しに確認した。「最初は、横浜駅のシウマイ弁当からね。おい、アケミ。持ってきて」
「ええ、そんな」林葉はあきらかに不服そうだった。「俺、あの、青い梅干が苦手なんだよね。もっと珍しいもんにしましょうよ」
「林葉ちゃん、文句言わないの。新橋から横浜でまず駅弁一つ目ってのが、鉄道唱歌的でしょう」
「鉄道唱歌的って何です?」鉄道オタクがまた繰り返す。鉄道唱歌は食べ物の歌じゃないんですってば。

カメラが回りだすと、それまで仏頂面だった林葉は、満面の笑みで、駅弁のふたを開けた。「いや〜、これですよ、文明開化の香り。カメラさん、ここ。駅弁の包み紙が、シュウマイじゃなくって、”シ”ウマイですよ、レトロだなあ」

実際には、シウマイ弁当が売り出されたのは1954年(昭和29年)だから、文明開化も何も関係ない。
絵里香は、林葉がカメラの前でよくもまあ豹変できるものだと感心した。

「鉄道唱歌に歌われている横浜駅は、現在の根岸線桜木町駅だったんですね」