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DWHの最期


昨日で、大きな仕事が一つ終わった。
4月28日、独自開発のデータウェアハウスを完全停止したのだ。

独自開発といえば、聞こえはいいが、実際には、microsoft社のwebコンポーネント技術を使い、開発業者にあいまいな仕様で作らせたに過ぎない。独自技術でもなんでもない。

当初は、SAPのBWの代替処理として、外で分析するツールとして出発した。

開発開始の2002年当時、私はERP導入に忙殺され、このDWHの導入には関与していない。

私がシステム部門に来て、唯一、開発にタッチしていないソフトウェアだった。

データウェアハウスという言葉も、今や、BI、ビッグデータという技術に代わり、既に死語になりつつある。

2007年当時、SAPの4.6Cから6.0へのアップグレードの際、BWは停止した。

BWに代わり、Dr.Sumが充分、代役を果たしてくれ、毎年のBWのライセンス保守費用で、導入費用がまかなえた。

しかし、気が付くと、DWHは、BW以上に膨張していた。

BWの守備範囲は、ERPの実績データの解析だったが、独自開発のDWHは、加えて、SAPへのマスタ投入システム、予算作成システム、会計伝票の登録システムにまで膨張していた。

これはもはや、DWHではない。

開発には、目に見えるだけで○○円以上、エンジンのSQLserverを2000から2005に置き換えるテクニカルアップグレードだけで、○○円を使っていた。

本格的な置き換えを検討したのが、2009年。
足掛け5年でやっと、完遂した。○○○○○円を使ったが、今後、出血は止まる。

既に3名の戦犯は、会社を去っていった。

思えば、この五年間は、DWHの亡霊との闘いだった。

BI機能を、SASBIとDr.Sumに置き換え、
予算作成機能もSASBI、SASFM、Dr.Sum、Dataspiderで作り、
マスタ登録システムは、独自web技術とDataspiderBPMで堅牢に作り変えた。

来月2日で、私は57歳になる。

私の最後の仕事が終わった。